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ジウジアーロとピニンファリーナ。

直線と曲線。

 

ジウジアーロは、フォルクスワーゲン・ゴルフをデザインし、ピニンファリーナはフェラーリである。

対象的な線を引く、デザイナーである。

 

ジウジアーロは直線的デザインで、ピニンファリーナは曲線的デザインが持ち味だ。

フィアット・パンダもジウジアーロで、子供が描く箱みたいな絵のクルマのようなデザインだ。なのに、魅力的なのだ。

普通、凡庸なクルマになりそうなのに、ジウジアーロの手にかかると直線に命が宿る。

 

建築だと、フランク・ロイド・ライトが直線的で、アントニオ・ガウディが曲線的。というか、有機的である。

どちらがいいというのではなくて、僕たちは人工的なデザインと、有機的なデザインのどちらにも心惹かれる。

「自然界には、純粋な直線はない」と誰かが言っていたけど、直線的デザインも捨てがたい。

例えば、ライトのアメリカにある『落水荘』は、有機的なものに囲まれた直線の人工美であろう。直線ばっかりでは、いけないのだ。たぶん。

 

例えばだけど、榮久庵憲司さんがデザインした、

キッコーマンの醤油差しは、曲線的なものと直線的なものが混ざっているように思う。

昭和のロングセラーである。

どこにも直線がないけど、どこか直線的な感じを受ける。

微妙な曲線のさじ加減が美しい。人工的な曲線と言うか。

 

弟の榮久庵祥二さんもデザイナーで、なにかの取材でお会いしたことがあるけど、彼のデザインしたバイクも、魅力的な曲線が使われていた。上手く言えないけど、彼が描く人工的な曲線にも心惹かれる。キッコーマンの醤油差しのように。

 

商品をデザインするとき、直線と曲線のどちらかを選ぶかで、印象が違ったものになる。

僕たちの、ステージキッズが直線的で、炊けるんです。が曲線的である。

どちらにも、ハットするような魅力が欲しい。

あと、一声なのだ。

愛されるインパクトが欲しいよなぁ。

 

機能を追求すればデザインが自ずと決まるという考え方もあるけど、そこにデザイナーの気持ちが加わると、製品に生命が宿る。つくも神が宿るように…。

 

製品から商品になるには、デザインのちカラが必要なのだ。

 

文:紙本櫻士

 

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