ボクの神様 5
「亮ちゃん!」と伸ちゃんが僕の部屋のドアを乱暴に開け、叫んで入ってきた。
二階まで駆け上がったらしく、息が荒い。顔が上気していて赤みがかっている。
相変わらず、白いTシャツに、よれよれのブルーのジャージを着ている。
時計は3時17分を指していた。土曜日の午後のことだ。
「落ち着いて、俺の話を聞いてくれ」と、伸ちゃんが言った。
僕はベッドに寝転がり、何度も読み込んたドラゴンボールの6巻を目で追っていた。
「落ち着くのは伸ちゃんやろ」と、顔を上げて伸ちゃんに言った。
「5千円を切っていたんだ」
伸ちゃんは、部屋の畳の上にあぐらをかいて言った。
胸ポケットからタバコを出し、中身が空なのが分かると、グシャッとピースの箱を握りつぶした。
「何が?」
「俺の通帳の残高が」
「僕は、2千円くらいしかないよ。それと小銭」
伸ちゃんはタバコ代がなくて、僕から千円借りたりする。お金がないのはいつものことだ。
「そうじゃなくて」
「40越えた大人の全財産が5千円切るのは、どうかと思うよ」
僕は、また、ドランゴンボールの6巻に目を落とした。読み始めると止まらなくなる。鳥山明って、才能あるなぁと、思う。昔の漫画だけどね。
「そうじゃなくて」と、伸ちゃんはため息をついた。
「また、塾の先生とか」
伸ちゃんは、インテリで国立大学の文学部を出ているから、そんなバイトができるのだ。
でも絶対、先生には向いてないと思う。
「あれは、存外、重労働なんだ」
「そろそろ仕事探した方がいいよ」
「そうじゃなくて」と伸ちゃんは繰り返すと、ポケットから銀行から3千円下ろした明細書を僕に見せた。
残高が2千円だった。
「生きていくの大変だね」と、僕はやれやれと明細書を返す。
「ゼロがいっぱいあるんだ」と、伸ちゃんは言った。
もう一度見直すと、2千円の残高の前にゼロがいっぱい並んでいた。
「10億円もあるよ」
現実感のない数字だった。
「10億と2千円だ」と、伸ちゃんが怖い顔をして言った。
「ヤバイ金かも」と、僕も怖くなって言った。
☆
「オマエはなんで生きてる?」と、神さまが伸ちゃんに言った。
初夏の離れの日曜の午後のことだ。
開け放たれた縁側からは、草いきれの香りと下手くそなホトトギスの声が聞こえていた。
神さまは、ブラックジーンズと阪神タイガースのTシャツを着ていた。裸足であぐらをかいて落ちゲーをしている。
「そのゲームは面白いのかい?」
そう言うと、伸ちゃんはしばらく黙ってマグカップに残っている麦茶を飲んだ。
あー俺にも、と神さまが言うと、伸ちゃんは1リットルのペットボトルから、ヌルい麦茶を紙コップに注いだ。
「やりたいことあるやろ」と、神さまが訊くと
「ゲームじゃなくて?」と、伸ちゃんはあくびをしながら言った。
「大統領になりたいとかは無理やで」と、神さまが落ちゲーをしながら呟いた。
つづく
文:紙本櫻士
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