スマホが基本になったけど。
スマホは便利である。
何か疑問があれば、その場で調べることができるし、外国語もたちまち翻訳してくれる。ナビ、料理のレシピ、明日の天気など、いままでできなかったことが、簡単にできる。
PC、スマホ以前は、古い資料を調べるには国会図書館に行ったり、雑誌のバックナンバーなら広尾の都立中央図書館にわざわざ通ったものである。
現在、スマホで簡単便利にたいていの資料は閲覧できる。図書館のオンラインも繋がっているしね。
余談だけど、
国会図書館は、研究者登録すると閉館後も延長して利用することができる。
80年代、友人と国会図書館で資料を集めている時、こんなことがあった。
本棚の上が長いテーブルの様になっている場所で、資料を山のように乗せながら
「大正14年って、西暦何年だっけ?」と、僕は友人の山下に尋ねた。
「分からないなぁ」
すると、近くにいたスーツを来た男性が「1925年ですよ」と、間髪入れずに教えてくれた。
で、隣で聞いていた若い女性が「あってます」と、言ったのを覚えている。
国会図書館は、なんて便利な人たちが集まっているんだ、と思ってしまった。
スマホが普及した今、調べればすぐ分かるけど…。
いま、若い人たちはスマホで調べる世界が当たり前である。
それ以前の、iモード時代など知らない世代だ。
ずっとスマホがあると自然に思っているだろう。江戸時代からないことは、理屈では分かっていてもだ。
例えば、お墓を建てる習慣は、意外と新しくて昭和初期くらいからである。偉い人や富裕層は江戸時代くらいから建てていたけど、ごく一部の習慣だった。
でも、僕たちは平安時代くらいから、みんなお墓を建てていたように錯覚している。
基本、葬儀屋や石屋の収益を上げるビジネスなのだ。
決して、古くからある常識ではないのだ。
逆を考えると、新商品がスタンダードになればそれは常識になる。
常識を疑って、新しいサービスを考え、それが新常識になっていく。
起業することは、その繰り返しなのかもしれない。
文:紙本櫻士
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