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感動を売る。

必要なモノは、(お金を出してまで)欲しくない。

 

満たされているという条件はあるにせよ、必要なモノは欲しくない。たぶん。

水とか電気とか、家とかガソリンとかである。

全部、絶対必用なモノで、なかったらむちゃくちゃ困るし死んじゃうけど、安ければ安いほどいいし、なんなら無料で配ってくれるとありがたい。

お金を出してまで欲しくないのだ。

欲しいと、必要は違うのだ。

 

お金を出してまで欲しいのは、手間がかかったり、いらないものだったりする。

昭和に大流行した、フラフープやだっこちゃん人形は、絶対いらないよね。

僕たちは、心に届く特別なものが欲しいらしい。

それは、感動かもしれない。

 

近藤麻理恵著の『人生がときめく片づけの魔法』は、全世界で800万部以上売れた本だ。

彼女は、本の中で「ときめかなくなったモノは役割を終えたから、手放してしまいなさい」と、主張する。つまり、感動がなくなりときめかなくなったモノは役割を終えたんだ。という主張である。

砂漠でコップ一杯の水に、感動するかもしれない。

感動しなくなったから、水はいらないよ。なんて言ってたら死んでしまう。

やはり、感動と必要は違うのだ。

 

彼女が言う、感動するモノとは、趣味とか嗜好のモノたちなのだろう。

服とか靴とか本とか。

「何か?」があって手に入れたけど、「何か?」が薄れたか、無くなってしまったモノたにサヨナラしよう。

だっこちゃんもフラフープもルービックキューブも、もう、いらない。

 

僕は、感動を作りたいと思っている。

必要だけど、感動するモノたちである。

うまくいえないけど。

 

文:紙本櫻士

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